私とトラウマ

私とトラウマ

3年前に購入した本

ずっと読めずに本棚の奥の方にしまっていました。私のトラウマ、こころの傷に大きく関係していたからです。

小学生の出来事でしたし、何年も被害を受けていたわけでもなく、出来事としては決して小さいものではありませんが文字にしてみようと思い、今日綴りました。

ずっとこの本が読めなかったのは、やっぱり自分のこころと向き合うのが怖かったからです。現実と向き合うのが怖かったからです。何が出てくるのか全く検討がつきませんでした。

2014年に向精神薬を断薬し、うつなどの薬はやめれましたが、こころは前に進んでいませんでした。苦しい3年間でした。

2017年にやっとカウンセリングや精神分析をしていただいて、こころは楽になりました。どうして楽になったかというと、自分の事がわかってきたからです。どうしてうつになったのか、どうして10年間もうつだったのか、どうして様々な症状が出てきたのか、どうして子育てが難しく思えたのか、などなど。そして、この中に「どうして性被害を受けてしまったのか」その理由もわかったからです。

性被害を受けた時、私たち被害者は当たり前ですが「被害者」です。でも、私は被害者だとしてもずっと被害者のままではいけないんだと思います。それは性被害に限らず。目の前で起きていることには必ず理由があるからです。うつになった理由もあったように。被害者でもあるが、それと同時に自分が作り出したものでもある。(被害者が悪いということでもありません。善悪ではないです。)受け入れがたいことですが、私は受け入れることにしました。早く前に進みたかったからです。もう残りの人生、病気で身動きがとれないような生活はしたくなかったからです。自由でいたかったからです。自分の正直な気持ちを大事にしたかったからです。誰かに合わせる人生はもう疲れたからです。

自分のこころと向き合うことはとてもつらいことでもあります。それでも、私は小学生からいろいろなことを隠して隠して、隠してそこに重い蓋をしてきてしまいました。それを30年ほど続けてきてしまいました。もうその蓋を外して楽になりたかったんだと思います。自分のこころと向き合うほうが私にとっては病気でいるよりも楽な選択だったのです。

一つ伝えておきたいことは、性被害の経験が「うつ」を作り出したわけではありません。直接的な理由ではないのです。(直接関係していたらもっと早くにうつになっているからです。)それは精神分析でわかりました。自分なりの答えを自分で見つけることができました。

この本がどんな感じに書かれているのかはまだわかりません。もしかしたら、閉じてしまうかもしれません。それでもまずはこの本を目の前に置いても大丈夫な自分になれたことと、こうして自分のトラウマを綴れることができたことは、私にとってはとても大きな一歩だと思います。そしてまた、気が向いた時に綴りたいと思います。