結婚して、嫁いで、姑のことはとても怖かったし、面倒だったし、できることなら距離を取って生きていたかった。
しかし、精神分析をしてみると、とても大好きということがあからさまになってしまった。一番わかりやすいのが、嫌いな存在なのに、今でもそばにいるということ。物理的な距離感は視覚でも認識することができ、とてもわかりやすい。
私の中で姑に対して、好きと嫌いが同時にある。矛盾している状態であり、表裏一体であり、しかしそれが人間という生物だ。
方向性の違うものが同時に自分自身の中にあるのだから、一体、正義や正解はこの世のどこにあるというのだろうか。何かに対して議論すること自体、馬鹿馬鹿しいことになる。
そして、矛盾を意識して生きていくことは、自分を生物らしく生きる助けになるのではないかとも思う。
動物には矛盾はないと思うし、素直であり、裏を読んだり、先を読んだりせずに生きている。
人間はそうではない。
常に欲求的であり煩悩があり、何よりこの世と地球をみても、至る所を汚しまくり罪深い。
せめて自分自身の矛盾を自覚できればいいと思い、精神分析を続けている次第であるが、きっとそこまでつきつめてできる人間はあまりいないのではないかとも思います。
だから他者の闇も中途半端な見方、分析になってしまっているように思う。
私も矛盾人間だからこそ、善悪のない視点で精神分析をするように、そういう生き方考え方を忘れず意識したい。