人のせいにしてまで得となるもの(疾病利益)

会話をしていると話し方や内容には、自分は正しい、相手が間違っている、というものはよくあります。私自身も自分の話す言葉にさえそうあるのが現実です。人は自分の正しさを守りたいというプライドを持っていることは確かであり、その正しさを破壊されないようにしているのが心の絶対法則でもあり、人間心理でもあります。必ず被害者意識と正当化はセットになっています。

私がうつ病のときもそうでした。うつ病という病気の状態を維持するために悪者をつくっていました。だから自分はうつ病になっているんだと、正当化もできました。今振り返ってみると、おろかで醜い状態でした。

人のせいにすることは簡単です。そして楽です。動かなくて済むからです。自分が変わらなくて済むからです。病気を治さなくて済むからです。誰かを悪にして自分を否定せず高めておけるからです。そのようにして醜い自分の姿を直視しなくて済むからです。

変わりたくない強い意志のあらわれでしかない。ですから言い訳ばかりの連続です。

人は変わりたいと思えば、一瞬で考え方も生き方も変わります。私のうつ病も一瞬でその道から別の道へと変化しました。私がうつ病はもう嫌だと、薬はもう嫌だとそう望み、決定し、別の道、うつ病はやめようと病気の状態を手放す道に進みました。当時はその行動はつらかった。いくら他の患者と比べたらまだ楽なほうだといわれても、断薬も社会復帰もつらかったです。それでも変わりたかった。

言い訳ばかりや人のせいにしているときは、変わりたくないあらわれでしかない。疾病利益、得があるからです。しかし、裏を返すと損をしている状態でもあります。得と損もセットです。表裏一体です。そういうところを直視していくことで、何かしらの現状の変化は訪れます。

そして、変化がないときの1番の理由は、まだあなたは人のせいにしているという「楽」を選んでいるだけで「変わりたくない」ただそれだけです。