結婚後、子どもの成長とともにひきこもりがちになった10年間。簡単にいえば、宗教による集会が嫌で、奉仕が嫌で、嘘が多い人間関係が嫌で、嫁姑問題もどうにもならず、人との交流も嫌だった。子育ても放棄している状態でした。いいたいことをいわず、ひきこもることで家族に反発していました。さまざまな深層心理の感情により、ひきこもることを選択していました。
そして、心身ともに退行している状態でした。
夫に家事、育児、仕事とお任せの日々でした。適当に毎日を過ごし、私がいなくても家庭内はまわっていく。家では存在も薄れていました。
過去のこと、ひきこもりの状態を文字にすればするほど恥ずかしくなります。自分が一番、その状態により利益を得ていたからです。望んでいたからです。
人が退行することにも意味はあると思います。めんどうな人間になり、注意を自分に向いてもらうためでもありますが、精神を守っていたともいえます。どうにもならない現実により、退行という手段で心的苦痛から逃れていたともいえる。波風を立てず、偽りの平和を得るための退行でしたが、今考えると幼稚な手段でした。
内閣府が2023年3月31日に公表した推計値によると、ひきこもりは15~64歳で146万人いる、日本の現状。
自信がない、甘えたい、コミュニケーションの問題という理由だけではない。さまざまな要因が重なりあってのひきこもりです。ひきこもりにも得と損があり、それは周りにいる家族も同様です。