2025年日本がなくなる世界でどう生きるか 

2025年日本がなくなる世界でどう生きるか 

2025年日本はなくなる。

もしくは2024年になるのではないかともいわれています。
本当に日本はなくなりそうだという現実味を帯び、そう感じるかたは増えてきたと思います。今、そう感じないかたは、今後の日本で生きていくことには困難が生じやすくなるのではないかと想像します。支配、管理、搾取が強まるからです。ぜひ、今からでも日本の現状を調べ、日本という国が今、どういう状態なのか、日本国民がどうしてこれほど苦しむことになっているのかなどを知り、そこから何をしていくことが最善の策となるかを、自分自身で考えその答えを出していただければと思います。

最近思うことは、目先の利益優先で生きているか、それとも先を見通して、七世代先の子孫のいのちを想像して生きているか。

どの視点で生きているのかで、見えている世界、日本、そして未来の姿はまったく違うものとなります。それぞれの行動は違うからです。

私はもう51年生きてきました。

この命を引き換えにしてでも、先を見通して生きていきたい。

最近はそう思いながら行動しています。

死ぬことは怖いことでもあります。しかし、私よりも長くこの日本で生きていく若い子どもたちが、日本の犠牲となっていることも事実です。若者の自殺は多く、精神疾患、がん、難病なども多く、貧困層も増え、昨今では、日本では思うような収入が得られず、海外へ出稼ぎに行く若者もいます。この日本はあなたが思っている以上に貧困で闇深いのです。食べることができているので日本の闇深さも貧困という感覚も薄れていることでしょう。

やみくもに命を差し出すわけではありません。私は私の罪の意識をこれ以上強くしたくないので、私のために今生きています。

誰かのための人生ではなく、自分のための人生でありたい。

多くの方は誰かの、親や家族の人生を生きているように思えます。支配を望んでいるのは自分自身。私もそうでした。

この世に生まれた意味を証明できるのは自分自身であって、誰にもそれはできないのではないでしょうか。

それなら尚更、自立した行動をしなければ、意味のない人生になってしまいます。

自立した国民性でないことが、2025年日本はなくなることになってしまったのかもしれません。意味のない日本の歴史だったかもしれません。

国が滅ぶときの法則はこのようにいわれています。

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国民が目先の利益に囚われ、
ウソを見抜くことができず、
カネに踊らされ、
売国奴たちを応援し、
真の歴史を教えず学ばず伝えないとき
つまり、
自分たちの価値観を自ら捨て去ったとき、
国は滅ぶのです。
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まさに今の日本をあらわしているのではないでしょうか。

2024年1月20日(土)名古屋で内海聡医師による講演会が開催されます。
タイトルは

『世界の歴史と天皇家』
日本の支配構造と今後の予測

ぜひ、日本の歴史を学びにきてください。

表題は歴史や天皇になってますが、それ以外の2024年日本がなくなる話、IHRなどの問題、レプリコンの危険性とその対策、そして東京都が抱える問題から日本を考えなおしてみる内容にもなっております。市民がつくる政治の会内海聡代表は、来年、地方で講演する機会が激減するため、多くの方にご参加いただければと思います。

詳細はこちらとなります。

2024年1月20日(土)
市民がつくる政治の会代表内海聡 名古屋講演会
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『世界の歴史と天皇家』
日本の支配構造と今後の予測
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2025年に日本はどう変わる⁉︎
世界の歴史と天皇家、そして日本の支配構造と今後の予測に焦点を当てながら、「2025年に日本はなくなる」と言い続けられてきた内海医師にその詳細を語って頂きます。
後半は愛知県で大活躍中の現役議員、末永けいさん、みのしまけんたさんお二人も御登壇!
懇親会には、内海聡医師、末永けい議員、みのしまけんた議員も揃ってご参加されます。ほうろく屋さんのなたね油を愛用されているお店で食事を楽しみつつ、皆でこれからを語り合いましょう。

【世界の歴史と天皇家】
– 世界各国の歴史は何処の国が中心となり、美化されて歴史教科書に書かれ、私たち日本人の教育に入り込んでいるのでしょうか。
– 日本天皇家に関する深い洞察を提供し、その歴史と役割を探ります。
– 世界の貴族と天皇家との関わりについて。

【日本支配構造と今後の予測】
– 日本政治、経済、社会における支配構造をは戦前と戦後どのように変わってきたのでしょうか。
– 日本の政治構造の紐解き、A級戦犯として処刑されずに残った人たちの役割とは。

2025年に日本はどう変わるのか。
果たして日本は残っているのでしょうか。
日本の現状を把握し、あと2年間で何か私たちに出来る事は無いのだろうか。ご自身で様々な情報収集もしていただき、一つの選択肢としてお聞きして頂ければ幸いです。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。
講演会後は、先着30名様限定で懇親会もご用意しております。
※懇親会はキャンセル待ちとなりました。

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講演会詳細
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日にち:2024年1月20日(土)
時 間:14:00~17:00 講演(13:30受付開始)
場 所:名古屋市公会堂 四階ホール
アクセス:名古屋市公会堂
〒466-0064 愛知県名古屋市昭和区鶴舞1丁目1−3
https://nagoyashi-kokaido.hall-info.jp/…/index.htnl.html
地下鉄鶴舞線「鶴舞駅」下車 4番出口より徒歩2分
参加費:
[会員]前売(事前振込)3,000円
[会員]当日(現金支払)4,000円
[非会員]前売(事前振込)4,000円
[非会員]当日(現金支払)5,000円
[17歳以下]無料
※お子様連れでご参加可能ですが、お子様の絵本やタブレットなどは各自ご用意くださいませ。また、お子様はご自身でお世話いただきますようお願い致します。
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懇親会
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先着30名様限定、1人3500円
※定員になり次第締め切りさせていただきます。
場所はお申込みいただいた方へ個別にご連絡します。
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申込方法
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下記フォームに必要事項をご記入ください。
イベントは終了しました。

申込締切:2024年1月13日(土)
お問い合わせ先:市民がつくる政治の会 東海支部 tsukumin.nagoya@gmail.com
市民がつくる政治の会のイベントは、政治資金規正法第8条の2に規定する政治資金パーティーです。収益は市民がつくる政治の会の活動に使用させていただきます。

イベントページはこちら
イベントは終了しました。

2025年日本滅亡の法的等による根拠

2025年日本滅亡の法的等による根拠

2025年日本滅亡。

YouTubeで検索しても「2025年日本滅亡」に関する話題を扱った動画は増えてきているので、ネット界ではもう珍しくもない情報となりました。

国の言うとおり、政治家の言うとおり、自治体の言うとおり、医者など権威ある人やメディアを信じて、自ら調べようとしない、誰かが言っているから、テレビで言っているから、そして、すべては政治の場で決まるというのに、誰かがやればいいと言い訳ばかり言う国民性が、これほどまでに日本をダメにしてきてしまった結果ではないでしょうか。

もう手遅れなほど、日本がなくなる法的等根拠はたくさんありますので、ぜひ、こちらのキーワードで調べてみてください。

種子法・種苗法の廃止、改訂
水道民営化
農薬・除草剤規制緩和
水産改革関連法案
国有林野管理経営法
遺伝子組み換え表示改正とゲノム編集食品 • がん登録法・福島原発最高裁判決
国家戦略特区法改正案
RCEP・FTA・TAG
自民党改憲草案
緊急事態条項
全国の土地や不動産買収

そして、内海聡氏の講演会に足を運び、直接、2025年日本滅亡の根拠を聞いてみてください。
市民をつなぐ党主催三重県四日市市 「脱コロナと2025年日本滅亡説」

これから起きる日本国内の危機|内海聡先生/神社チャンネル(YouTube)

罪悪感はどうして生まれるのか

罪悪感はどうして生まれるのか

幼少時からよく感じていたことは、親に心配されていない、気にかけてもらえていないというものでした。

いろいろなエピソードがありますが、社会人になった時に、車を直ぐに購入し、嬉しくて遠くに出かけることがありましたが、親に伝えることもなく出かけてしまったので、心配させてしまったと思っていましたが、親は全く心配していませんでした。自由で拘束がなかったので、私が望んだ現実でもありました。それでも、贅沢ですが、気にかけて欲しかった。

私のように、親から気にかけてもらえていない、心配されていない、振り向いてもらえていない、愛されていないなど、そう感じておられるかたは多いのではないでしょうか。自分は無価値だと、自身の存在自体に無価値感を持っておられるのではないでしょうか。

内海式精神構造分析による家系図を作成すると、無価値感の根本原因や愛されていない理由がわかってきます。理由の一つは、私が長女として生まれ、二番目の子として生まれ、女として生まれてきたという立ち位置的な部分に意味があります。潜在的にどうしても愛することができない立ち位置だったんだと理解できてきます。

愛されていない子どもたちは、生きている間に何を思うのでしょうか。

私は、生きている罪悪感、幸せになる罪悪感が育ってきたと思います。

私の人生の中で、いろいろな箇所で罪悪感は生まれました。父親が助けれなかった罪悪感。兄弟と仲良くできなかった罪悪感。祖母を助けれなかった罪悪感。母を喜ばすことができなかった罪悪感。宗教で子どもを苦しめてしまった罪悪感など。

親からの承認は子どもにとって重要です。だからこそ、幼少の子育てでは、親は子どもから物理的に離れず、精神的にもそばにいてあげなければいけないと思います。故・緒方甫氏の「子育て四訓」は今の時代、特に重要な教えとなります。

1.乳児はしっかり肌を離すな
2.幼児は肌を離せ、手を離すな
3.少年は手を離せ、目を離すな
4.青年は目を離せ、心を離すな

今の時代、便利なものが増えてきました。少しでも気を緩めてしまうと、子どもから距離を取るものばかりではないでしょうか。ベビーカー、紙おむつ、レトルト食品、テレビ、スマホ、インターネット、ゲームなど、親が楽になるものが増え、一人で遊べるものが増え、コミュニケーションを取らなくても済むような環境が増えてきました。

この「子育て四訓」は特に意識して、どの子どもとも接していきたいと思います。大人、親たちがそうしていけば、罪悪感を持つ子どもたちは居なくなり、自分というものを持つ子どもが増え、自分が何者なのか、自分のアイデンティティをしっかりと確立できる子どもたちが増え、逞しく生きていけると思います。迷った時も、何を考え、どうしたらよいかと、自信を持って選択していける子どもたちが増えると思います。

私のように罪悪感で押しつぶされそうな人もおられるでしょう。生きていていいのかと考えてしまうこともあるでしょう。それでも、どうして今の自分になっているのかと自覚するだけで、私は楽になりました。そして、その罪悪感を手放すのではなく、共に生きていこうと思える強さが持てるようになりました。

人の心のメカニズムのようなものを理解することで、以前よりは心は楽になりました。

人はそもそも罪深い生き物だと思います。生きているだけで自然を破壊しています。日本の現状を見ればそう思われるのではないでしょうか。そして、罪深い人間だと自覚すると、地球も日本も日本の自然もこれ以上は破壊せずに、破壊されずに済むかもしれません。

自分の状態を知ること、楽なほうに逃げないこと、罪悪感を手放さないことは、自分の罪悪感を今より小さくできるのではないかと思っています。これが2014年の断薬から自己に向き合った8年間の私の答えです。罪悪感も自分の一部として生きていこうと決意できた8年間の答えです。そして、罪悪感やこれまでの罪深さや後悔の対応は、人それぞれの答えがあっていいと思います。私に罪などあるわけがないと罪悪感を打ち消すほどの楽しさなどに浸るか、罪悪感を受容するか、究極的にはこの2択になると思います。

50歳という大きな節目に思うこと〜罪悪感とどう向き合うか〜

50歳という大きな節目に思うこと〜罪悪感とどう向き合うか〜

最近は、あまりブログを書く気力が出ません。それは、この先の日本の状態が全く明るくないというのも一つの理由です。外資参入による不動産買収問題をはじめ、水道民営化問題、漁業権の問題、食の問題の中では種子から遺伝子組み換え、ゲノム編集食品など、あらゆる問題が山積みであり、今、国民が騒いでも手遅れな状態となりました。書き出せばきりがないので、いろいろと調べてください。

これほどまでに日本がダメになり、子どもたちが不健康になり、家庭がボロボロになっているのは、明らかに私たち大人が社会の問題や日本の問題や家族家庭、そして、自分自身の闇に向き合ってこなかったからです。現実直視せず、本当の日本の姿と自分自身の本心と闇を見てこなかったからです。

よく耳にするのは、この国のトップが悪い、売国する政治家が悪い、闇の勢力が悪いといいますが、それらを作り出しているのは、明らかに私たちです。私たちがそういう現実を作り出し、政治を作り出し、政治家を野放しにし、誰かやればいいといい、口ではなんとでもいいますが、政治的な行動を起こしてこなかったので、このような日本の状態になってしまいました。宗教を毛嫌いするのと同様、政治を遠ざけてきてしまったのでこのような状態となっています。

私の人生の中で、罪悪感はとても大きなキーワードでした。生きづらさの大きな原因でした。家の伝承の罪悪感、家族への罪悪感、子どもを同じように宗教二世として苦しめてしまった罪悪感。決して、この罪悪感からは逃れることはできません。手放そうとも思っていません。その荷を負って生きていこうという覚悟を決めています。

多くのかたはつらいものは手放したいと思うのかもしれません。重い荷物は降ろしたいと思うのかもしれません。しかし、本当にそれでいいのでしょうか。今までの私たちの生き方や考え方や価値観から、これほどまでに日本の状態、社会も自然も悪くさせ、小さな組織である家庭家族を幸せにできず、そして、この先に続く、未来ある子どもたち、七世代先につながる命を軽視してきたというのに、楽になっていいのでしょうか。自ら死を選択する若者が増えているのに、楽なほうへ、楽しさに逃げるような選択をしてよいのでしょうか。

私は自分にとって、罪悪感や過去に何もしてこなかった、すべての闇に向き合ってこなかったという罪の荷を抱えながら生きていたほうがまだいいと思っています。この先、生きる原動力になるからです。残りの人生、何かしていかなければならないという力となるからです。

このブログを読んだかたには、ぜひ、罪悪感を手放すのではなく、自分の闇から逃げるのではなく、すべて受容して生きて欲しいと思います。そういう強さを持って生きて欲しい。生きるというのはそういうことではないでしょうか。適当な生き方、やっつけ仕事的な生き方では、生命力というバロメーターは上がってこないと思います。

一人ひとりが強い人間になれたら、その後ろ姿を見た子どもたちは、また、元気を取り戻すかもしれません。見たものを真似て人は成長するからです。そして、親が元気であれば健やかに子どもたちは育っていきます。子どもたちは常に親を気にかけているからです。

この国が滅亡へと突き進んでいますが、ぜひ、残りの人生、残りの日本時間、子どもたちと未来の子どもたちのために、己の命を使っていただけたらと思います。私もそうしていきたいと思います。