被害者意識の脱却から自分らしさがうまれる

被害者になることは簡単です。私もいつでも被害者になれます。性被害者として、薬害にあったものとして、陰湿ないじめもありました。人は必ず被害者になれる場面があるはずです。しかし、本当に被害者なのでしょうか。もしかしたら、あなたが望んでいたことかもしれません。

内海式精神構造分析で精神分析をしていくとき、現実は自分自身が作り出しているという視点で分析していきます。そういう視点からではないと、問題の根源にたどりつけないからです。問題は問題のまま、生き方も考え方も変わらないままです。実際、私も被害者意識で生きていたときは、まったく問題は解決されませんでした。生きづらさを抱えたまま、誰かに合わせるだけの人生でした。自分らしさをまったく出せていない人生でした。

しかし、すべては自分が作り出している、被害者とは真逆の加害者であり、確信犯であり、そういう視点で物事をとらえたときに、今までどうして生きづらい人生だったのか、息苦しい人生だったのかという答えを見つけることができました。

それは、とても苦しいことです。つらい作業です。

でも、もう、誰のせいとか言いたくはない。私の人生は私そのものであり、誰にコントロールされているものではないからです。そういうのはもう嫌だからです。残りの人生も、支配もコントロールもされない人生を送りたい。

被害者意識を持つことには利益があります。疾病利益があるのです。自分のアイデンティティを守ることもできます。醜さを見ずにすみます。周りから優しくされます。自分は悪くないといえます。いろいろと都合がいいのです。だからみな、被害者をやめられません。

強さが求められますが、ぜひ、被害者意識から脱却してほしい。そうしたら、この国は、少しは改善の見込みが生まれるのかもしれません。