九穴の糞袋、人間一生糞袋

仏教には、「九穴の糞袋」という言葉と、「人間一生糞袋」という言葉があるそうです。どちらも結局人間は、食べて糞を作り出しての繰り返しであり、不浄物を生み出す自分自身に執着はやめなさいという教えだそうです。他にも捉え方はあるのかもしれません。

私の個人的な解釈では、人間はみな、自分自身が素晴らしい人間だと思うのが人であり、ですからプライドがあり、そのプライドをなかなか破壊できないのが人間だと思います。プライドがあるからこそ、自分の汚い部分をみようとしないし、裏心をみようとしない、闇をみない、己の醜さに向き合おうとはしません。そんな糞のような部分をみることができたとき、自分が糞だったと認めたときは、様々な抱えている問題は問題ではなくなるのではないでしょうか。所詮、糞な人間なので、糞を生み出す人間なので、そんな大した人物ではないし、素晴らしくもないし、だからこそ、愚かな自分にも気づいてくるのだと思います。それを認めることができた人は、「じゃあ、愚かな人間にならないよう生きていこう」と、生き方や考え方が変わってくるのだと思います。実際、私も、そのようにしてうつ病も治り、トラウマにも向き合い、今、糞人間ながらも、なんとか生きていこう、どうにかしてこの国を良くしていこうと取り組んでいます。糞人間だと自己卑下できたからこそ、生き方や考え方が変化してきました。選択するものが変わってきました。

糞だのクソだの、あまりいわれたくない言葉かもしれませんが、自分がそういう状態であり、そんなに大した人間でもなく、この地球にとってはむしろ人間は害にしかならないと思えるようになったら、自分よりも次世代や七世代先のことを考えられるようになりました。

何が一番大切にされるべきか。

あなたなら、何を一番大事に考えていきますか。行動していきますか。