国が滅ぶときの法則

国が滅ぶときの法則

内海聡医師の著書、「 コロナワクチン 今こそ子どもを守れ! 」の書籍では、国が滅ぶときの法則をこのように書かれていました。

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国民が目先の利益に囚われ、
ウソを見抜くことができず、
カネに踊らされ、
売国奴たちを応援し、
真の歴史を教えず学ばず伝えないとき
つまり、
自分たちの価値観を自ら捨て去ったとき、
国は滅ぶのです。
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ここに書かれている事柄は、今まさに、日本の状態ではないでしょうか。日本は沈みかかっているのではなく、すでに滅んでいるのかもしれません。惰性で日本の経済や社会が機能しているようにしか見えないのです。

薬の消費大国、検診をはじめ、無駄な医療も多い。そして、添加物使用の消費大国、農薬や農業の問題、水や漁業や遺伝子組み換え食品の問題、他国には無いほどの人口減少、若者の死因一位が自殺など、もう十分すぎるほど、滅亡するだけの材料が整っています。ほんの僅かな一撃で、今にも倒れてしまうのが、日本という国です。

何が原因だったのでしょうか?

上に挙げているように、目先の利益に囚われ、楽なものを選択していく国民性になったことも大きな理由ですが、一番は、精神が弱くなってしまったことだと私は思います。

何の目的意識も持たず適当になんとなく生き、社会毒など全く気にもせず食べて飲んでまた明日を迎えるという日常で、「生きる」ことに対して必死さが全く無くなってしまいました。自分自身でこころとからだを守れない人間ばかりになってしまいました。そして、精神が弱くなってしまったので、何かに依存することを覚えてしまいました。自立することを手放してしまいました。自立しなくなった人、自立しない国、楽なほうへ流され、目先の利益に飛びつき、あとのことを深く考えないなど、すべては弱さからはじまっていると言えます。

その弱さゆえ、現実問題も家族や人間問題にも向き合わず、いつも誰かのせいにするような被害者意識視点のSNS投稿。

ほんの数十年で日本という国は、とても弱い精神性を持った民族になってしまいました。

精神はいくらでも己自身で強くできます。

楽なもの、医療や薬などを安易に選択しなければ、自分自身で身体を整えることはでき、それにより心身ともに十分強くなれます。

目の前の現実社会は、コンビニ弁当や冷凍食品など、楽なものばかりになってしまいましたが、ぜひ、少し苦を感じながら生活してみてください。そうしたら、今あるものがとても有り難く思えますし、もし、無くなったときにはどうしたらいいのか、例えば電気が無くなったときは、どうしたら火をおこせるかなど、いろいろと考えることもできますので、少し不自由さも経験するよう取り組んでみてください。

二元思考(二元論)による宗教脱会後の罪悪感と空虚感

二元思考(二元論)による宗教脱会後の罪悪感と空虚感

最近、ある宗教の二世の子の書籍を読みました。その中には、「集会にはもういかない」と親に伝えたことや、その組織から離れ、親に嫌われることをしてしまう様子が描かれていました。教えに反することや親に嫌われる行動を取ることで、宗教から完全に離れようとしていました。

しかし、最後の一文には「虚しい」と、そう書かれていました。

小さな頃から宗教の教えに触れ、受容していたので、裏切ることは少なからず罪悪感を持つのかもしれません。そして反発して、教えに反する行動を取ったものの、現状は変わらず、教えが全身にインプットされているので、罪悪感はもっと募っていくのでしょう。

これは二元思考(二元論)が関係しています。

教理が「善」
自分自身、不完全な人間が「悪」

こう教えられるのが宗教です。ですから、常に自分自身が「悪」になっているため、罪悪感はいつも抱えており、それは、人によって強弱があるように思えます。

私も0歳から創価学会でしたので、何かしらの教理を教えられてきたと思います。でも、ほとんど覚えていません。覚えているのは平和が掲げられていたことくらいです。だから、その平和から少しでも逸脱すると「罪悪感」が出てきてしまうのだと思います。

そして、宗教二世の子どもたちもそうなのだと思います。個人差はあると思いますが、罪悪感を持っている二世の子たちは多いと聞いています。自分自身が「悪」ととらえているのです。

私もいつの頃からか幸せになってはいけないなど「罪悪感」を強く持つようになりました。一つの理由は、父親が亡くなったことによるものだと精神分析をして認識できましたが、宗教による「二元思考」が影響していることには最近、自覚できました。

きっとこの著者も私と同じような感覚なのではないかと思います。そして、私の場合は、同じことを実の子どもにもしてきてしまったと、後悔の毎日です。子どもが苦しんでいなければと思いますが、人の心は表面には出ないので、見えないところで苦しんでいるのかもしれません。親として謝り、こうして綴って思いなど残しておくことしかできません。

宗教二世の子どもたちがもし、このブログにたどり着いたのなら、自分自身を「悪」にしていないか考えてもらえたらと思います。そして、「悪」にしている根本の理由を探し出していってほしいなと思います。

私も学生の頃から罪悪感を持って生きていました。結婚してそれは強く出るようになり、うつ病、自殺未遂など経験してきました。常に傷つけている状態でした。

その理由が、宗教の教え、幼少の環境、生き方考え方、アダルトチルドレン像、そして、自分自身では認識も自覚もできていない、家の伝承でした。もっと理由はあるのかもしれません。

自己に向き合うことはとても苦しい作業ですが、一番、重要視していただきたいのが、「周りのせいにしない」ということです。被害者意識を持ってしまうと、善と悪でしか考えることができず、自分自身を善とし、正しくしてしまいます。(悪にする必要もありません。)すべては自分で選択してきたのに。私もエホバの証人の家に嫁ぎ、うつ病になり、精神科に行き、精神薬を服用し、ひきこもり、人との関係を遮断し、自殺未遂に至った事柄は、どれも誰かにそうされたのではなく、自分自身で選んできたことです。誰にも文句はいえない。

ぜひ、被害者意識を持たずに自己に向き合っていただけましたら、このブログ記事にも意味があるのだと思います。

参考書籍

怒りや憎しみや恨むことなどは生命の仕組みである

怒りや憎しみや恨むことなどは生命の仕組みである

私たち人間には「怒り、悲しみ、喜び、泣く」というような様々な感情はつきものであり、むしろそれらがなければ人間ではないといえるのではないでしょうか。

最近読みました「初めての上座仏教」(著者アルボムッレ・スマナサーラ長老)には、「智慧」ということばを勉強する必要に迫られていると書かれており、その「智慧」とは、

「ものごとをきちんと正しくありのままに知っている」ということです。つまり、システムをきちんと理解しているという意味です。我々の存在のシステム、生命の仕組みをきちんと知っていること、私はだれですかとか、なぜ生まれたんですかとか、そういうことも含めて生命の仕組み全部をわかっていることです。

とこのように書かれていました。

私は2014年に向精神薬を断薬しましたが、その時にお世話になりました内海医師のクリニックでは、結局は、薬をどのように減らしていくかという「手法」を教えていただいたり、薬の知識のサポートではなく、上記に書きました、「人間の生命のシステム」について深く考えるよう、叱りながら伝えていただきました。

簡単にいうと、「自分自身であれこれとよく考えなさい。」

教えられたことは、ただ、それだけです。

私という人間とは何者なのか。
どうしてうつになったのか。
何によりそうなったのか。
どうしてうつ状態という症状が出たのか。
うつ状態とは一体どんな状態なのか。
「因果応報」について考える。
どんな生活、食事環境だったのか。
その環境からすべては生まれる。

など。減薬断薬中でしたので、頭はあまり働かず、身体全体の震えも生じ、呼吸がうまく取れない状態でもありましたので、向精神薬を服用している時よりも心身ともにとてもつらい状態でしたが、それでも「考えなさい」とそういうことを突きつけられました。当時は「面倒だ」と思ったのですが、今、断薬して8年経って思うことは、あまりにもいろいろなことに、小さなことから大きなものに対し、考えてこなかったと実感しています。考えることを放棄してきました。その結果が「うつ病」です。

私は特に、人のこころのシステム、「こころの働き方」を知っておくことがとても重要であると思います。「こころの働き方」により病気や症状は生まれるからです。家族、夫婦、親子、様々な問題が「こころの働き方」により生まれてきます。それをわかっていないから、認識できていないから益々封じてしまいます。都合が悪いから封じてしまうのです。

病気でも問題でも、それは自分自身から生み出されています。見たいものをただ現実として目の前に現しているだけです。人は自分の見たいものしか見ない。

先ほど考えることがとても重要と書きました。向精神薬を服用していると「考えることができない」という方もいますが、私はできましたし、本当の意味で病気をやめたい、向精神薬をやめたい、問題をなんとかしたいと真剣に思われる方は、考えていく道に進んで行かれるのかなと思います。実際にクライアントを見ていてもそう感じるのです。

考えるきっかけとなる書籍を二つ紹介しますので、ぜひ、お読みいただければと思います。

初めての上座仏教/著者アルボムッレ・スマナサーラ長老

心の絶対法則/著者内海聡

最近のパニック

最近のパニック

最近、続けて少し混乱した状態を経験しました。いわゆるパニック症状。

若い頃はパニックになることはなかったと思います。明らかに向精神薬による後遺症でしょう。もう断薬はできていますが、脳への影響は残っていると思われます。

どうしてパニックになるのか。

今、抱えている仕事がとても多く、考えることも多いのが一番の原因だと私なりに解釈しています。

人の心や精神のメカニズムを知っているからこそ、落ち着いて対処できていますが、以前の自分でしたらきっとすぐに精神科、心療内科に駆け込んでいたでしょう。薬をもらうために。

問題や原因が明らかなのですから、向精神薬で治るわけがありません。うつの時もそうでした。家庭内の問題や個人の問題があったのに、その問題には向き合わず、逃げるために薬や医療に頼っていました。薬で脳を麻痺させ、思考を停止させていました。

パニックはお知らせだと思うのです。

よく、電車の中でパニックになる方がおられますが、それは、行きたくない場所に向かっているからだと思います。または、その空間に拒絶がある。では、どうして行きたくないのか、どうしてその空間が嫌なのか、本当はそのことを考えなければいけないのです。考えることを放棄し、薬で対処してしまいます。そして、薬地獄に陥ってしまうのです。

私たち人間は、いろいろと考えることができます。調べることもできます。それを疎かにしてしまうのは、生きることを放棄しているのだと思います。

ですから、うつやパニック、不眠、様々な症状、家庭や夫婦、子育ての問題なども、現実に向き合い問題に向き合って考えて欲しいのです。そうするしか根本的には何も解決されません。私もそうでしたし、薬や精神医療から抜け出せた方はみなそうしているのです。