病気が治るということは本当によいことか

病気が治るということは本当によいことか

病気や症状には必ず原因があります。原因があり、理由があり、本質的な要因を探す必要があります。

私も以前はうつ病と診断されていました。10年間、向精神薬を服用していました。10年後、断薬してうつ病は治りました。

しかし、治ったという現実の幸せは得ることはできましたが、こころのどこかで治ってしまった罪悪感は常に感じています。治ったことで向き合わなければならない現実の問題や、過去の問題や、人間関係、コミュニケーションの問題やトラウマなど、向き合わなければならないことがありました。それらに向き合うことはうつ病のときよりも苦痛でした。

本当に治す覚悟があるか。そして、治療家は自分のエゴで治してはいけない。もし目の前で治っていたとしても、そこから離れれば、また患者は別の病気を作り出すかもしれません。

治療家側も患者やクライアントをなおすとはどういうことか、よく考えなければならないと思います。

私の最初のうつ状態は小学生

私の最初のうつ状態は小学生

私がうつ病と診断されたのは、2004年の32歳になる手前の頃でした。当時の症状としては、免疫低下による感染症や、無気力感、疲労感、婦人病や関節やさまざまな体の痛みや炎症がありました。向精神薬の服用により、本物のうつ病になってしまった。少し休み、現実問題である人間関係や自己問題に向き合えば、薬を飲むこともなく医原病によるうつ病にはなりませんでした。

しかし過去を振り返ってみると、うつ傾向ではあったと思います。どこからなのか明確ではありませんが、小学生高学年頃、無気力感はありました。時々、無気力で動けないときがありました。父親が亡くなった後、もしくは性被害後かもしれません。他のエピソードによる理由があるかもしれません。

何にしろ、「無気力」というキーワードからも、生きる力が落ちていたともとらえられます。生きる力を落としているひとつの理由は、罪悪感というところでしょうか。なぜ父親が早くに亡くなったのか理由が明確ではなく、父親を助けれなかった、または何か悪いことをして性被害により罰を受けているのか。もしかしたら交通事故死の祖母のエピソードや兄弟関係によるものかもしれません。

うつ病と診断されたその日から、うつ病なのではなく、うつ患者は過去にうつ状態はなかったかと考えることも、根本の理由にたどり着けるひとつのヒントになると思います。

私の場合は、精神の安定が幼少からなかったように思えます。父親が亡くなってからは、とにかく泣いていました。ひとりで泣いていた。

私のうつ状態のはじまりは、父親との別れからではないかと思っています。

ですから、薬ではどうにもならない。

悲しみは今でもやはり消えないので、死別の悲しみから逃げず、その現実から逃げず、とにかく泣きたいときは泣いて、自分の潜在的感情に素直に気づき表現してあげることで、うつ病や他の病気になるリスクは避けられると思います。

東洋医学と花粉症

東洋医学と花粉症

2月から3月までと、スギ花粉の飛散量が増える季節になりました。今では、3人に1人が何かしらの症状が出ており、地域によっては3人に2人のところもあります。私も少なからず症状は出ていますが、以前のように薬は飲まなくて済んでいます。

主な症状は、鼻水、鼻づまり、目のかゆみ、涙目やくしゃみといったところでしょうか。私の過去の症状としては、のどや耳の奥のかゆみや、まぶたの炎症もありました。とてもつらく、薬なしの生活では成り立たなかった状態でした。

症状からみたとき、ほとんどの状態は「泣いている」状態でもあります。そして、東洋医学の視点から考えると、鼻ものども呼吸する部位あり、肺大腸系の炎症ととらえます。五臓と五志の関係性でいえば、そこから推察する感情や精神は「悲しみ」「罪悪感」です。

症状の原因はすべてが精神ではありません。

症状や病気の原因は、
1. 精神、人間関係が、35%
2. 医原病、薬害が、30~35%
3. 食、社会毒、栄養が、25%
4. 構造が、5%
5. その他が、1%

このようにさまざまな要因があることを前提として考えます。

スギ花粉はそもそも林業の問題もあり、安い木材が輸入されることで国産木材が活用されず、スギなどの人工林は手入れされず放置されている状態でもあります。また、社会毒により腸が炎症しているのが現代人です。どの社会毒が炎症を起こしているのかを突き止める必要もあります。食事が影響していることもあり、そのすべてを見直したりすることで、症状に変化は起きてくると思います。

精神だけで考えてはいけないのですが、私自身、うつ病時には、現実とわからない悲しみを抱えて生きていたんだと、振り返るとそう思います。自己の精神に向き合う姿勢になってから花粉症の症状はよくなり、ステロイド剤など強い薬を手放せました。

薬は毒として作用しているだけであり、人体や精神を傷つけているともいえるので、罰している状態でもあるということを覚えておいていただければと思います。

しあわせになろう

しあわせになろう

人が罪悪感を持ちながら生きているというのは、精神分析をしていると必ずつきまとう解釈です。

罪悪感や悲しみなどさまざまな感情は内面的なものであり、精神や心の領域なので実際にみることはできません。しかし病気や症状から考察し、感じとることができます。そのときに用いるのが東洋医学思想です。東洋医学では臓器に割り振られた感情を知ることができます。五臓と五志の関係性です。

肝臓(胆臓)怒り、義憤
心臓(小腸)喜び(笑)嫉妬
脾臓(胃)共感、依存、思い煩い
肺(大腸)悲しみ、罪悪感
腎臓(膀胱)恐怖

かっこ内の臓器は表裏関係の臓器で、例えば肺と大腸はセットになります。そして、肺と大腸には、悲しみや罪の意識という感情があてられています。さまざまな食べ物もそれぞれの臓器に割り振られており、肺、大腸には辛い食べ物があります。悲しみは涙にも直結しますので、辛いものを食べて「出す」という意味合いもあり、肺の機能を亢進させるものとなります。東洋医学の考え方は、自己の心や精神に向き合うときには、特に活用してほしい考え方です。

現代のがんの上位に入っているもの、肺がんと大腸がんです。東洋医学から潜在的に隠れている、隠している感情が何かと考えたとき、悲しみや罪の意識を強く持っているともとらえることができます。病態から考えると絶対に表には出したくない、気づきたくない、死ぬまで誰にもいわないぐらいのレベルではないでしょうか。

私が相談を受けたクライアントは、悲しみや罪の意識を持っている方がほとんどでした。それは、私も同様だからだと思います。同じ苦しみや悲しみを持ち合わせた方が必ず近くに引き寄ってきます。引き寄せの法則というよりも、表面的な引き寄せでもなく、これは深層心理から影響される周波数によるものだと思います。近い周波数のものはどうしても引き寄ってしまう。私の人生も振り返ると、そのように必然の出会いと出来事の連続でした。

その方たちにはまずは、自己の闇、心と精神の闇、隠してきたもの、出せていなかった感情、偽ってきた自分の姿などをみていただきたくてそのように対応してきました。そして、その闇をみた後は、「しあわせになれ」とそのような雰囲気のことを願っています。もう自分の望む道を進んでいいんだよと。もう十分、苦しんできたからしあわせになってもいいんじゃないかなと。私が私自身に問いかけ、言葉で背中を押しているメッセージでもあります。

しあわせになるという自分の姿を受け入れる勇気と許しを選択してほしい。自分はいいんだと思わずに、小さなしあわせでもいいから自分を自分で喜ばす選択をしてほしい。恐れず、卑屈にならず、ひがまず、しあわせの舞台に立ってほしいです。