演じることが上手な人形になっていませんか

演じることが上手な人形になっていませんか

内海式精神構造分析ではあらゆる要素を深掘りしていきます。例えば、

承認欲求
転写行為
代償行為
被害者意識
依存心
ジレンマ
フラクタル
アダルトチルドレン像(AC、幼少期に取り入れた精神性、演技の精神性)
メタファー(周波数)
潜在的罪悪感
苦痛の共有
疑似虐待など

歪さ(いびつさ)が家庭内にあるとその歪さ、ゆがみに合わせるように、あらゆる場面で演じていくようになります。そうすると自分がどんな人間だったのか、本来の自分がわからなくなります。それが生きづらさの原因でもあるのです。いつも誰かのために、誰かに合わせ喜んでもらえるよう演じ続けます。喜ばすのではなく困らせて立場や関係性を維持することもあります。

演じることが上手になると、本音を隠してしまいます。そして、自分自身、何を本当は思っているのか、考えているのか、感じているのか、わからなくなってしまいます。周りに合わせ演じることが上手なので、本当の意見や思いは邪魔になってしまいます。そして、その感情は深層心理の奥の奥まで沈んでいく。沈めた感情が出てきては困るのです。

そして、病気や人間関係などで困った状況になったときは、その深層心理へと沈めた感情はなかなか出てこないので、本来の自分が自分でわからず、ますますややこしくなります。負のループは続いてしまい、それが子どもにも影響していきます。

このような状態を上にあげた要素を意識して深掘りしていくのが、内海式精神構造分析です。

複雑に絡まった糸を解いていくように、あらゆる要素を意識して分析し解いていくと、もともとどんな感情を持っていたのか、自分が何者なのか自覚できていきます。ですから内海式精神構造分析はとてもエネルギーを使います。分析者よりも問題に取り組む側の姿勢が問われます。

どれだけ本気でその状態から抜け出したいか。
どれだけ本気で自分の価値観を破壊し、偽りの人形像、仮面を剥がしたいか。

答えを見つけていくのは当事者でなければなりません。

内海式精神構造分析は大変な作業ですが、分析することで誰かのために演じる人形のような人生を歩むのではなく、本来の自分の姿、感情、目標などを持って自分で選択した人生を歩んでいただければと思います。

宗教2世の家庭で育った子どもたちも演じることがとても上手なので、どんなやり方でもいいので、自分が望む生き方ができますように。

残りの人生をどう生きるか

残りの人生をどう生きるか

久しぶりのブログ投稿になってしまいました。
最近の出来事としては、14歳の愛犬のちょこが2月に倒れて、私も元気が出ない状態でした。14歳ということもあったのと、次の日には食事もできたことから、体に負担となりうる西洋医学医療に頼ることはやめようと、私と夫とセラピスト講座などから得てきた知識で愛犬の病態に対処してきました。しばらく経ってから散歩に行けるほどの体調に戻ってきたので、栄養がとれる食事で対応してきました。対症療法として他に何かできることはないかとハーブについて学ぶことを始めました。

本格的に6月から学びだした植物療法。ちょこが亡くなる2週間ほどが呼吸が取りづらくなり、アロマオイルマッサージで対応しました。オイルケアは私もちょこにも互いによかったようで、ちょこも呼吸が楽になっているときもあり、植物の力を改めて実感することができました。

植物や漢方、ハーブによる療法は根本療法ではありませんが、症状を取ることや緩和させる力はあると実感されるかたも多いのではないでしょうか。

がんなど大病を患うと、結局は免疫力を回復させないとどうにもならないですし、生き方考え方、価値観、コミュニケーション能力、そして幼少期に取り入れた精神性など、精神に向き合わないと病という道から自ら出ようという思いにも向かいません。しかし植物には体が治癒に向かうよう手助けはできると思います。細胞から生み出されたエネルギーを上手に使えるよう、様々なビタミン、ミネラルなど栄養素が含まれていますし、不要なものを排出させる力もあります。そうすることで、本来の生み出されたエネルギーを、生命力、生きる力、原動力として使うことができます。

愛犬とは14年8ヶ月でお別れとなり、悲しい、寂しい毎日を送っていますが、ちょこから受け取った、残してもらえた「ハーブ・植物療法」という財産もいただけました。この財産を大事にしていきたいと思います。

最期に対応していただいた獣医さん(薬害研究センター認定セラピスト)によると、ちょこはとても器の大きい、飼い主の想いを肩代わりしているということでした。本当にそう思う日々です。内海式精神構造分析の観点でいえば、そばにいる動物にも意味があり、その数にも意味があり、すべてに意味があり、私にとってちょこは父親でした。早くに亡くなった父を投影していたことを、亡くなってから自覚できました。

2025年日本滅亡の法的等による根拠

2025年日本滅亡の法的等による根拠

2025年日本滅亡。

YouTubeで検索しても「2025年日本滅亡」に関する話題を扱った動画は増えてきているので、ネット界ではもう珍しくもない情報となりました。

国の言うとおり、政治家の言うとおり、自治体の言うとおり、医者など権威ある人やメディアを信じて、自ら調べようとしない、誰かが言っているから、テレビで言っているから、そして、すべては政治の場で決まるというのに、誰かがやればいいと言い訳ばかり言う国民性が、これほどまでに日本をダメにしてきてしまった結果ではないでしょうか。

もう手遅れなほど、日本がなくなる法的等根拠はたくさんありますので、ぜひ、こちらのキーワードで調べてみてください。

種子法・種苗法の廃止、改訂
水道民営化
農薬・除草剤規制緩和
水産改革関連法案
国有林野管理経営法
遺伝子組み換え表示改正とゲノム編集食品 • がん登録法・福島原発最高裁判決
国家戦略特区法改正案
RCEP・FTA・TAG
自民党改憲草案
緊急事態条項
全国の土地や不動産買収

そして、内海聡氏の講演会に足を運び、直接、2025年日本滅亡の根拠を聞いてみてください。
市民をつなぐ党主催三重県四日市市 「脱コロナと2025年日本滅亡説」

これから起きる日本国内の危機|内海聡先生/神社チャンネル(YouTube)

罪悪感はどうして生まれるのか

罪悪感はどうして生まれるのか

幼少時からよく感じていたことは、親に心配されていない、気にかけてもらえていないというものでした。

いろいろなエピソードがありますが、社会人になった時に、車を直ぐに購入し、嬉しくて遠くに出かけることがありましたが、親に伝えることもなく出かけてしまったので、心配させてしまったと思っていましたが、親は全く心配していませんでした。自由で拘束がなかったので、私が望んだ現実でもありました。それでも、贅沢ですが、気にかけて欲しかった。

私のように、親から気にかけてもらえていない、心配されていない、振り向いてもらえていない、愛されていないなど、そう感じておられるかたは多いのではないでしょうか。自分は無価値だと、自身の存在自体に無価値感を持っておられるのではないでしょうか。

内海式精神構造分析による家系図を作成すると、無価値感の根本原因や愛されていない理由がわかってきます。理由の一つは、私が長女として生まれ、二番目の子として生まれ、女として生まれてきたという立ち位置的な部分に意味があります。潜在的にどうしても愛することができない立ち位置だったんだと理解できてきます。

愛されていない子どもたちは、生きている間に何を思うのでしょうか。

私は、生きている罪悪感、幸せになる罪悪感が育ってきたと思います。

私の人生の中で、いろいろな箇所で罪悪感は生まれました。父親が助けれなかった罪悪感。兄弟と仲良くできなかった罪悪感。祖母を助けれなかった罪悪感。母を喜ばすことができなかった罪悪感。宗教で子どもを苦しめてしまった罪悪感など。

親からの承認は子どもにとって重要です。だからこそ、幼少の子育てでは、親は子どもから物理的に離れず、精神的にもそばにいてあげなければいけないと思います。故・緒方甫氏の「子育て四訓」は今の時代、特に重要な教えとなります。

1.乳児はしっかり肌を離すな
2.幼児は肌を離せ、手を離すな
3.少年は手を離せ、目を離すな
4.青年は目を離せ、心を離すな

今の時代、便利なものが増えてきました。少しでも気を緩めてしまうと、子どもから距離を取るものばかりではないでしょうか。ベビーカー、紙おむつ、レトルト食品、テレビ、スマホ、インターネット、ゲームなど、親が楽になるものが増え、一人で遊べるものが増え、コミュニケーションを取らなくても済むような環境が増えてきました。

この「子育て四訓」は特に意識して、どの子どもとも接していきたいと思います。大人、親たちがそうしていけば、罪悪感を持つ子どもたちは居なくなり、自分というものを持つ子どもが増え、自分が何者なのか、自分のアイデンティティをしっかりと確立できる子どもたちが増え、逞しく生きていけると思います。迷った時も、何を考え、どうしたらよいかと、自信を持って選択していける子どもたちが増えると思います。

私のように罪悪感で押しつぶされそうな人もおられるでしょう。生きていていいのかと考えてしまうこともあるでしょう。それでも、どうして今の自分になっているのかと自覚するだけで、私は楽になりました。そして、その罪悪感を手放すのではなく、共に生きていこうと思える強さが持てるようになりました。

人の心のメカニズムのようなものを理解することで、以前よりは心は楽になりました。

人はそもそも罪深い生き物だと思います。生きているだけで自然を破壊しています。日本の現状を見ればそう思われるのではないでしょうか。そして、罪深い人間だと自覚すると、地球も日本も日本の自然もこれ以上は破壊せずに、破壊されずに済むかもしれません。

自分の状態を知ること、楽なほうに逃げないこと、罪悪感を手放さないことは、自分の罪悪感を今より小さくできるのではないかと思っています。これが2014年の断薬から自己に向き合った8年間の私の答えです。罪悪感も自分の一部として生きていこうと決意できた8年間の答えです。そして、罪悪感やこれまでの罪深さや後悔の対応は、人それぞれの答えがあっていいと思います。私に罪などあるわけがないと罪悪感を打ち消すほどの楽しさなどに浸るか、罪悪感を受容するか、究極的にはこの2択になると思います。