ソラジン(クロルプロマジン)とは

ソラジン(クロルプロマジン)とは

最初の精神薬が何かみなさん知っているでしょうか。ソラジン(クロルプロマジン)という薬で、当時、奇跡の薬として開発されました。

このソラジン、もともとは染料や豚の寄生虫駆除剤として作られたものです。精神薬というものはこういう薬なのだということと、こういう薬を体内に取り込んだ時、身体はどうなってしまうのか、よく考えて欲しいのです。体内に入れても困らない人はそのままでもいいのです。私はこういう薬はもう飲みたくないと思い、手放しました。

少し前の記事にも書きましたが、精神を治してくれる薬ではなく、精神科のお薬はすべて精神を素晴らしくよくしてくれるものでもないということです。出ている症状だけ消そうとしたり、抑えたりしているだけの対症療法なのです。根本治癒が目的ではありません。

だから治る方よりも、精神病患者としてずっと薬を飲み続けておられる方が多いと思うのです。私も長い間飲み続け、全く出口のない暗いトンネルの中を歩いていた、生きた心地など持てない、そんな闘病生活でした。自分でしか出口を見つけ出すことはできません。

向精神薬は風邪薬より本当に安全なのか

向精神薬は風邪薬より本当に安全なのか

数日前、精神科医の増田さやか先生の講演を聞きに行った時、精神科のお薬は風邪薬よりも長期的に飲むことが多いので、風邪薬よりもはるかに安全性が高いように作られているということを習ってきたと言われていました。薬剤情報の副作用の多さを比べれば、精神科の薬の方がはるかに怖い薬であることがわかると話されていました。

あと薬は効果がある気がしても、その場限り、その場しのぎの作用しか持っておらず、精神の病気を治す薬は1つもないと思うと話されていました。向精神薬を飲んでいた私もそう思います。治すどころか飲めば飲むほど必ず不調になります。もしくはハイテンションになるか。

長期的に飲むと風邪薬のようにやめたい時に簡単にやめれません。減薬断薬を試みても多くの方が挫折しています。これをどこが風邪薬より安全と言えるのでしょうか。

すべて医師に治療方針をゆだねるのではなく、自分がどうしたいか、どうなりたいのか、何が原因で精神的な症状が出ているのか考え、調べ、選択しなければ何1つ解決することはありません。医療を利用する側がしっかりと情報を持っていないと、一度の選択で人生がとんでもない方向に進んでしまいます。

私が飲んでいた薬

私が飲んでいた薬

Aのスーパーと、Bのスーパーがあったとします。
どっちのスーパーの何が安いのか、何が売っているのか、近いのか遠いのか、何曜日が特売日なのか、自分にとってどちらが適したスーパーなのか、利用する時は色々とリサーチするのではないでしょうか。実際、店舗に行って売り場を見たり、家族、友人、ネットなどで評判を聞いたり調べたりするのではないでしょうか。多くの方が別に深く考えず自然としていることだと思います。

今、飲んでいる薬は安全ですか、危険ですか?今、治療している治療法は自分で調べて、自分で納得して選びましたか?いい、悪いをぜひ調べて欲しいのです。

よい治療だ!よい薬だ!と思って、その世界にいるだけでは、ずっとその薬も治療もよいのままなのです。一度、悪いという情報も探して調べて、どちらが自分にとって本当なのか、選択する力を養って欲しいのです。

私は常に5、6種類の向精神薬を飲んでいました。まだ少ないほうです。もっと処方されている方もいます。飲んでいた薬は、ドグマチール、トレドミン、ルボックス、テシプール、レメロン、テトラミド、パキシル、ジェイゾロフト、セレネース、セパゾン、トリプタノール、アモキサン、ジプレキサ、ロナセン、アナフラニール、サインバルタ、デパス、デパケン、ソラナックス、リボトリール、ロヒプノールなど。まだまだあります。人体実験かと思うくらい多種類を次から次へと変えて飲んでいました。

ずっと、飲んでいる薬は私のうつ病を、躁うつ病をいつか治してくれると信じてずっと服用していました。薬や医療に何の不信感も抱くことはありませんでした。それがそもそもいけなかった。何で10年も治らなかったのに、不信感を持たなかったのか、恐ろしいくらい日本の医療が、医療システムが素晴らしいと思い込んでいました。

ぜひ、薬でも医療でも、子どもの教育、食事、ワクチン、政治、短かに起きている出来事、何でもいいので、そのままの状態を受け取るのではなく、いい悪いを調べて、何が自分にとってよい選択なのか、責任を持って答えを出して行ってください。国や組織や医療や薬や何でも依存しすぎず、自分の頭で考えて選択してください。そうしたらある程度は自分や家族を病気にさせずに済むと思います。何も情報を受け取らない、知ろうとしないことは罪なのです。

前に進むしかない

前に進むしかない

「こうなったのも全部親のせいだ」

ある方がそう言っていました。

私も45年生きてきて、色々な経験をしてきました。あの出来事がなければ、あの人さえいなければ、私の闇は誰にも分かるはずがない、そうやっていつも被害者になって可哀想な人を作り出してきたんだと思います。人のせいにして被害者でいられる世界に自分をおいていた。

最近、『この世界の片隅に』というアニメ映画を観ました。主人公のすずに次から次へといろんな問題がおき、最後は不発弾が爆発し、家族を目の前で亡くし、自分の腕も無くなってしまいました。

それでも、悔しくても悲しくても前を見て生きている。そんなところに心を打たれました。

被害者の世界、過去の世界にいては前に進めない。何も変わらない。それでも、でもって言いたくなると思います。起きたことがあまりにもつらく酷いことだと尚更。

それでもなのです。

それでも過去はもう過去にして、別になかったことにしなくていいのです。辛かった、悲しかった、助けて欲しかった、優しくして欲しかった、そういう感情を自分で受容するしかないんです。自分の感情は自分でなんとかするしかないのです。そういう感情があったんだと気づいて受け入れて前に進むしかない。誰かのせいにしていたら、ずっとその起きた出来事の世界にいるだけになってしまう。

つらい経験をされた方はきっともう前に進みたいと思っています。うまく進めない理由を誰かに押しつけるのではなく、前に進む勇気を持って自ら景色を変えない限り何も変わりません。