睡眠の悩み

睡眠の悩み

うつ病のとき、睡眠の問題はありました。どちらかといえば不眠ではなく、たくさん眠れるということ。向精神薬を服用しはじめてからは、眠気を感じることはよくあり横になることが多かった。しかし浅い眠りで、寝たり起きたりの繰り返しでした。

睡眠障害は現代の国民病とまでいわれ、豊橋市内にも睡眠専門の外来があるほどです。しかし、本当に障害や病気なのでしょうか。

私の場合は、睡眠の問題はあきらかに精神が関係していました。人間関係の問題がありました。心身ともに疲弊しきっていました。ですから、眠くなるのも当然です。単純に、体もこころも休んでと、内面で叫んでいたんだと思います。体がそう叫んでいました。その声に向き合っていたら、10年間も向精神薬を飲まなくてもよかったのかもしれません。

不眠の場合も同様です。

必ず眠れないほどの危機的な問題を抱えていると思います。問題をどうにかしないかぎり、体は反応しつづけます。地震が長期に続いたとき、生命が脅かされている状況であなたはのんびりと眠れるでしょうか。危険な場所に置かれた状態では、体は休まりませんし、反応として眠らないと思います。それと同様で、不眠というのは何かを知らせている状態でもあります。

不眠のための投薬である向精神薬により、私たちの体の神経伝達物質に何かしらの影響を及ぼしているので、今の状態は複雑になってきます。

薬を飲む前と比べて何も改善がなく、むしろ悪化しており、長期間薬の奴隷となっているのなら、一度対応の仕方を見直すことをおすすめします。

一度味を覚えたら、やめたくてもやめれないのが向精神薬です。

そして、常に眠く眠っていたいと思うのなら、それは活動低下の状態であり、生物学的観点からいえば、生命力をためているか、もしくは生命力が落ちているのではないかと考察することができます。

本当の自分を生きる

本当の自分を生きる

「自分がわからない」というかたは、今の時代はたくさんおられると思います。

それは、人に合わせることが現代の教えのひとつにもなっているからです。人の嫌なことをしない、人の喜ぶことをする、人の気持ちを考えて行動するなど、家庭や学校で教わってきたことでしょう。いわゆる体裁主義であり、忖度精神です。

ですから家庭や親のいいなりとなり、ロボットや奴隷となり、社会に出たら会社や組織の奴隷となるのではないでしょうか。現代でいう社畜への拒絶は、家庭環境への投影なのかもしれません。

宗教団体にのめり込んでしまう人々の思考は、養育や教育の現場からも発生されているともいえます。自分がわからなくなるほど周囲に合わせるという思考が先に働き、宗教の教えに染まりたくなる。自分の意見を持たないことは楽であり、責任も負わなくて済みます。

では、本当の自分はどこから探せばいいのでしょうか。

生まれたその瞬間に、すでに家庭環境に合わせた生き方をしている可能性は大いにあります。ですから、自分の生まれ出た瞬間の情報、つまり生年月日や名前から「自分は何者か」という答えを出すことはできます。自分の姿は、占いの学問からある程度は理解できます。

そして、あわせてきた家庭環境によりあなたの生き方考え方は作り上げられました。ですから、家庭環境や親子関係からも、本来の自分の姿を見つけ出すことは可能です。

あなたは自分を素直に生きているというかもしれません。しかし、もしも現実の問題があり、生きづらさを感じているとしたら、鏡に映った自分はすでに演じている自分でもあります。

自分を素直に生きていないから、何かに悩み、その悩みの解決方法が見つからないともいえます。

素直に生きることができれば、人生の中で起きる問題や悩みごとの解決方法は、案外簡単なのかもしれません。

本当の自分を知り、自分が何に執着し、パターン性が理解できれば、解決というゴール地点に立つことは誰にでもできます。ただしそのゴールの先へ一歩踏み出す選択は、本人次第なのだと思います。

相性数秘術の数から人生の課題に取り組む

相性数秘術の数から人生の課題に取り組む

相性数秘術では、人生の課題となるテーマも数字からよみとることができます。あなたにとって有意義な人生となるためには、何を改善したり、意識するといいか、生き方考え方の本質は何なのかと考えることができます。

私の場合、思い込みや執着していたと思われる数字のひとつは「22」でした。この数字は、母親と祖母のソウルナンバーでもあります。自分の価値観は、親や祖母の価値観の影響が強かったととらえることができます。しかし、自分の価値観である、魂の数(ソウルナンバー)は「44」

22と44は、似たような数字ですが、やはり違いは出てきます。いつの頃からか自分の人生を生きておらず、親の価値観のもとで生きていたように思えます。それは数字で解釈する以前から感じ取っていた点です。

ですから、数字は素直でもあります。自分の悩んでいる点が数字にもあらわされているからです。

子どもは親の価値観の環境下で養育されます。

親の価値観に合わせ自分の価値観や本質をおさえてしまい、消してしまう人さえいると思います。そうしなければ生きてこれなかった子どもは必ずいます。

そして、自分ではない姿を演じてしまい、何者なのかがわからなくなる。

自分を知るというツールとして、占いでも相性数秘術でも、有効的だと感じています。

自分を変えたいと思ったとき、いざ変えようと思っても、何を変えたらいいのかわからないのではないでしょうか。

自分を知らなければ、変えるところさえわからない。

あなたの生き方や考え方の本質、オリジナルを、相性数秘術から知っていただけましたら幸いです。

人の目が気になるのはなぜか

人の目が気になるのはなぜか

最近、身の回りのものを整理していたら古い日記が出てきました。2014年の向精神薬断薬後の日記です。

断薬以前までは、自分のこころや精神や内面については、ほぼ向き合っていなかった。人とのコミュニケーションが苦手で、人を避けていたのは理解はできていました。そこから生きづらさは生まれていたことも、なんとなくは理解できていた。でも、根本の原因は気づけていませんでした。そもそも根深い原因があるだなんて思ってもいなかったし、因果の法則さえ知らなかった。

日記には書かれていた内容のひとつは、「人の目を気にすることを手放したい」でした。

人の目を気にすることをやめるとしたら、それは自分の特性や幼少期の家庭環境や親子関係、もっと古い家の伝承など、あらゆる自己に向き合わないと難しいかもしれない。高い目標があれば、人の目など気にせずにどんどんと前に進めると思いますが、なかなかすべての人間が持てるとも限らない。

そうすると、「どうして人の目など気になるのか」という問いに対する、原因と理由を探すしか方法はない。

私の場合は出自をはじめ、トラウマなどいろいろと隠したいものがありました。ですから余計に人の目が気になっていた。性被害ということも悟られないようにしていた部分はあります。隠そうとすればするほど震えている感覚はある。今、体の震えは以前よりは少なくなってきています。

人の目をみれないというのも、人間が怖いということだと思います。人は一瞬で悪魔にも天使にもなれる。その目を見なければ何もされないという防御として、人の目をみないのかもしれません。単純に親の悲しむ目や、怒っている目などみたくなかったともいえます。

「目は口ほどにものをいう」という言葉があるように、目の訴えは強烈に語りかけられ、こころに残ります。精神からの強烈な想いとなり、周波数がその目を作り出していると思います。

私は精神分析や相性数秘術などによる占いにより、さまざまな自分の姿を知ることができて、人の目はあまり気にならなくなっています。自分のやりたいようにやり、その評価と責任は自分にしかできない。そして、人の目など気にしている時間と人生は、それほど長く続かないということを、今、大事にしているテーマでもあります。

今日という日は2度とこない。次はないからこそ、悔いのない生き方を。