社会や日本をよくしたいと思うのなら・・・

社会や日本をよくしたいと思うのなら・・・

この日本の現状を危機的に思っておられる方は多いのではないでしょうか。そして、地域社会の問題や、日本という国を、今より少しでも良くしたいと思われているのではないでしょうか。

その時に、目の前にある問題に対して対処なり解決しようと行動される方が殆どだと思います。実はそれよりもやるべきことがあるのです。

それは家庭内の問題に向き合ったり、問題がなくても夫婦、親子、家族関係を良好にする、もしくは、毒親だってこの世には存在するのですから、しっかりとした立場を保っておく。そして一番重要な事柄は、自分自身の「闇」に向き合うことです。己に向き合い、生き方や考え方に向き合うことです。

今の日本の現状は紛れもなく私たちが作り出した社会です。

社会の極小単位である個人、家庭が定まっていないのに、どうしてその集合体である社会や日本がよくなるのでしょうか。小さなところが整っていないのにどうして世の中がよくなるのでしょうか。私たち一人ひとりの生き方や考え方により、今の社会となっています。

自分自身の「闇」とは現実に向き合い、過去問題に向き合い、家族問題にしっかりと向き合うことです。問題があったり病気があるのならそれは今までの生き方考え方が必ず影響しています。生き方考え方によりすべては作られているのだから。そしてその生き方や考え方は、生まれ育った環境から身についたものではないでしょうか。そこに向き合う必要があります。

しかし、多くの方は、一番それをしたくない。「闇」が深ければ深いほど、問題が根深く長く続いていればいるほど、「闇」に向き合う恐怖があるのだと思います。それでもその「闇」に向き合って欲しい。問題に向き合って欲しい。向き合う強さを身に着けて欲しいのです。その強さがあれば、少しはこの日本の現状はよくなっていくのではないかと思います。

そして、「闇」に向き合う精神の強さを、七世代先の子どもたちに伝えていきたいと思いませんか。子どもたちがどんな環境に置かれても、強い精神性があれば様々な問題に対処していけると思います。そして、またその思想は、次の世代に引き継がれていくのです。

人を信じることができず悲しみを抱いている人たちへ

人を信じることができず悲しみを抱いている人たちへ

誰も助けてはくれない。

私の人生の中でこのように感じることはよくありました。

「誰も信じられない。」

そう感じている方はおられるのではないでしょうか。人を信じることができず悲しみや不安や絶望の世界におられるのではないでしょうか。

私は、人を信じなくてもいいと思います。むしろ、人間すべてが実は人など信用していない。そう思えるのです。

もし、人が人を信じているのなら、契約書、誓約書など必要ではないですし、様々な紙による書類などもいらないと思います。人は人を信じていないから、現代では録音機器なども開発されているのです。

人を信じることができないと感じておられる方は、その「自覚」ができているだけです。受け入れているだけであり、ですから苦しさや悲しさも得てしまっています。人を信じることができないという「認識」や「自覚」ができているということは、私はいいことだと思っています。

その「認識」や「自覚」がないからこの世の中は悪くなっているからです。

良いことをしているようで良いことではないことばかりしているのが今の社会です。子どもに精神薬を飲ませて、親は病気の子を抱えていると被害者を装う社会です。精神薬で子どもを傷つけているという「認識」と「自覚」があれば行動は変わってきますが、それができない方のほうが多いから今の現状となっています。日本では精神薬の消費大国であり、精神疾患の患者が増え続けているのが現状です。

「認識」や「自覚」をすることは、現実を受け入れ、現実に向き合えている証拠でもあります。私は人が信じられないと素直にその感情が出せていることで、それだけでいいのだと思いますし、現実直視できる強さも持っているので、嘆く必要もないのだと思います。

そして、すべての人があらゆる問題に現実直視できた時にだけ、互いに人を信じることができる社会になっているのだと思います。

向精神薬を服用することで怒りを出していた

向精神薬を服用することで怒りを出していた

向精神薬を服用してから、様々な症状が出てきました。それは薬の副作用といわれていますが、私はあえて薬による反応、薬の作用だと言いたい。服用する前にはなかったものだからです。

薬を服用してからいろいろな感情も出てきました。悲しみ、不安、涙、怒り、イライラ。

どの感情もとてもつらいものでしたが、一番つらかったのは、「怒り」です。

いつもイライラし、怒ってもいました。

あの時は、怒りを出したかったのだと思います。いろいろな問題があり、人間に対しても矛盾や理不尽さを感じ、被害者意識も強かったため、怒りを出したかったのです。精神薬の力を借りて。

今、あなたにはどんな感情がつきまとっていますか?

鬱や精神的に調子が悪い状態でしたら、必ず、感情の起伏があると思います。

その出ている感情は、実はあなたが望んでいる感情でもあります。出したい感情です。

もし、悲しみの涙が出ているのなら、それは、心の奥底では、あなたが悲しむことを選び、涙を流したいと望んでいます。もし、孤独を感じ、絶望感を抱いているのなら、そうしたいあなたがいるのです。

人には必ず喜怒哀楽があります。どの感情も悪いものではない。

私にとっても、当時の怒りやイライラは必要であり、本当はなぜその感情が出ているのか、怒りの裏に隠れたものに向き合う必要がありました。しかし、向き合うことができず、自分の深層心理、隠している気持ちに気づくことはしばらく後となりました。

私は子どもの頃は怒りは出せていたのですが、大人になるにつれ出せなくなりました。怒りを出してはいけないと封じていたのだと思います。そして、封じてしまったものが精神薬により出てきました。

うつ病だけでなく、精神薬、そして精神科さえも自分自身が望んでいたのだと思います。

目の前にある景色は、常に、自ら作り出している世界です。

人が発している言葉には深い意味がある

人が発している言葉には深い意味がある

教場に出てくる都筑耀太。
教場(ウィキペディア)

「警官に恨みがある」といいながらも警察官を志望している。

風間教官が都筑のこの矛盾に対して問い詰めていくと、警官に恨みがあり文句がありながらも、その裏に隠れていた感情に都筑本人が気づいていく。過去の父親の経験してきた出来事により警察官に失望し恨みを抱いていたからこそ、「苦しむ人の側に立つ警察官になりたい。」と、今まで気づいていない感情を吐き出すことができた。

これと似たような作業が内海式精神構造分析法です。

人が発している言葉には嘘が多い。好きといいながら嫌いだったりもするし、いい顔をしながらも嫌いな仕事をしている人もいます。子どもたちは親の顔を伺い本音を言わなかったりもします。

潜在的な感情、深層心理でどういう感情を抱いているのか気づくことで、症状がよくなったり、病気がやめれたり、選択するものが変わったり、問題が解決していく道に進んだりもします。

一つひとつの発している言葉には、実に深い意味があるのだと感じる毎日です。